津山おくにじまん研究会の藤木靖史さん(81)=岡山県津山市南新座=は、フェイスブックで仲間たちの投稿を閲覧していたところ、なじみ深い風景の写真が表紙に使用されている洋書が目に留まった。ペンギンマークで知られる英国のペーパーバックの、日本短編小説集の日英対訳版の表紙を飾っていたのは、津山の旅館お多福(津山市山下)だった。
英国で出版された、村上春樹や芥川龍之介らの「日本の名短編」集。そこに岡山出身の内田百閒の作品が収められていることも大いに気になった。世界中の日本文学好きに読まれる本の表紙を津山の旅館の写真が飾っている―。これは「お国自慢にちがいない」と考えた藤木さんは、早速調査を開始。
裏表紙にあった写真のクレジット「Tsuyama 2018ⒸKoji Onaka」から東京在住の写真家・尾仲浩二さん(64)を割り出し、手紙を書いた。写真は2018年に出版された写真集『Sleeping Cat』に収録されていた作品だった。「英国の出版社はこの写真集を見ての依頼だと思う。これはまた面白い写真を選んだなと感心しました」と尾仲さん。
写真を撮影したのは2006年6月5日だということが分かった。「大阪での写真ワークショップの翌日の昼にバスで津山に着いています。当日の手帳を見るとツバメがたくさん飛んでいて、モダン焼き、ホルモン焼きを食べたようです。津山ブックセンターにも寄って夕方から駅前の居酒屋で楽しく飲みました。1枚の写真が海外の出版社を経て見知らぬ方の目にとまり、お便りいただいたことをとてもうれしく思いました」。
また尾仲さんは、同じ日に津山市内で撮影した、写真集『DRAGONFLY』(2007年)に収録の1枚を送ってくれた。古い町並みに、2匹の白い犬が写真家の方を向いている。遠くには「たたみ店」の看板が見える。
藤木さんはこの約20年前の「失われた風景」もお国自慢だと考え、写真内の看板を手掛かりに撮影場所を突き止めた。茅町の吉井川の、森忠政公津山藩入封時の治水工事の痕跡が残る土手筋だった。
「時間の不思議を思い知った。かつては間違いなくそこにあった風景。そんな風景の写真がつむいでくれた縁を大切にしたい」