作州人五三
◎防災、減災へ 桜島を見つめて42年
京大教授 井口正人
今回の「ザ・作州人」は鹿児島市の桜島にある京都大学火山活動研究センターの井口正人教授(64)を直撃取材させてもらった。7月末、史上初の「警戒レベル5」宣言下での訪問にもかかわらず、第一人者はいたって冷静で温和な対応。そこには桜島を42年間、科学の目で見つめてきた自信のようなものが感じられた。
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訪れたのは、まさに桜島の噴火警戒レベルが最高の5に引き上げられていた期間中。連日メディアへの対応に追われ、さぞや慌ただしくしていると思い、現地に着いて、しばらくためらっていると井口さんの方から連絡を入れてくれた。
夜9時発のフェリーで桜島へ。外は漆黒。15分ほどの船旅の最中もいま桜島が噴火したら一巻の終わりだと不安にかられたが、井口さんに笑顔で迎えてもらい、気持ちがやわらいだ。
「山本さん、いいときに来られましたね。警戒レベル5なんて滅多にありませんから。いまはメディアが騒ぎすぎなんですよ。今回の噴火も普通レベル。地盤変動や地震動、空気振動もよくある記録で、異常なところはない。むしろ風評被害が心配です」
館内を案内してもらうと、コンピューターやさまざまな計測機器が置かれていた。また1台のカメラは桜島火口方向へ設置。24時間体制で管理されていた。
「桜島の最初の爆発は2万5000年前と言われていて、火山の年齢からすると、まだ1歳児か2歳児のようなもの。まだ若いからこれからも活動は続いていく。その意味では研究には事欠かない山。ただ室内の実験とは違って、やり直しが効かないし、再現すればいいってもんでもない。それに観測データが似ているからと言って、同じ現象が起こるとは限らないのが難しいところです」
地球のメカニズムに興味があり、津山高から京大へ進んだ。転機は大学院生の時。当時の所長に「助手のポストがある」と誘われ、桜島に向かった。以来42年間。鹿児島市に住み、桜島の麓で研究を重ねてきた。精度を高めるため、これまで3本の観測坑道の設置をサポート。その際には現場監督のような役割も演じた。
「好奇心で桜島に行ってみたら40年。来てみればやることはいっぱいあった。サイエンスは想像力で成り立っているので、それを観測や研究で補っていく。もちろん、研究の一番の目的は人の命を守ること。生きていくためには防災、減災は必要です。そのためには噴火がいつ、どのくらいの規模で起こるのか、予測の精度を上げていかなければなりません」
2012年から所長。日本火山学会会長も務めた。19年に学会賞を受賞。温厚そうに見えるが、その目は厳しく、心の中はマグマのように熱いのだろう。話し出すと止まらない。しかし、一方で常に冷静。この時も取材していた部屋のランプが光ると、素早く定点カメラの前に移動し、桜島火口をチェックした。
「津山にいる若い人には好きなことをやりなさい、自然に学びなさいと伝えたいですね。私は火山に元気をもらって来た。残りの人生も山と付き合って行きますよ」
帰りのフェリーが鹿児島に着いたのは深夜12時15分ごろ。行きと帰りでは桜島に対する考えが大きく違っていた。それから2日後、井口教授が話していたとおり、警戒レベルは3に引き下げられた。さすが。テレビ報道を見て誇らしい気持ちになった。
(山本 智行)
◇井口正人(いぐち・まさと)1958年4月28日生まれの64歳。津山高から京都大学理学部地球物理学専攻。大学院生だった81年に鹿児島県・桜島にある京都大学火山活動研究センターへ。以来42年間、調査・研究を続け、2012年から所長。理学博士。日本火山学会会長も務め、19年に学会賞を受賞。