津山藩医・宇田川榕菴(1798〜1846)の命日の22日、市民ら18人が墓参りに西寺町の泰安寺を訪れ、●江戸時代のマルチ学者●のみたまに手を合わせた。
昨年秋に有志で結成した津山榕菴珈琲研究会(藤木靖史会長)が主催し、東京の霊園から1989(平成元)年に移転改葬された宇田川家三代の墓で安田大智住職が読経。
江戸時代後期、榕菴らが翻訳したフランスの家事百科事典のオランダ語訳本「厚生新編」にある製法で往時と同じインドネシア産の豆を使った「榕菴珈琲」が墓前に供えられ、参加者はそれぞれ線香を立てて合掌した。
本堂に案内され、昨年新調された宇田川家三代の位牌を見た後、榕菴珈琲を味わいながら歓談。
日上の坂手良亘さん(76)は「参るのは初めてでとても立派な墓。多岐にわたる功績が素晴らしく、もっと顕彰されるべき偉人だと思う。珈琲は一味違っておいしかった」と話していた。
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榕菴の墓前にコーヒーを供え、手を合わせる参加者
津山藩医・宇田川榕菴命日
- 2021年6月24日
- 歴史・文化