「珈琲」の当て字を考案した津山藩医・宇田川榕菴(1798〜1846)の命日の22日、宇田川家3代の墓所がある西寺町の泰安寺で法要が営まれた。墓前にコーヒーを供え、市民ら13人が遺徳をしのんだ。
昨年発足した「津山榕菴珈琲研究会」(藤木靖史会長)が開き、2回目。本堂で安田大智住職が、榕菴が西洋の植物学を紹介するために作った「菩多尼訶経」を唱え、参加者が一人ずつ焼香した。墓所ではコーヒーを供えて静かに手を合わせ、宇田川家の功績に思いをはせた。山下の団体職員の女性(55)は「珈琲の当て字をはじめ、榕菴先生のおかげで津山の知名度が高まっていると思う。泰安寺に墓があることなどをもっと多くの人に知ってもらい、津山の観光がより活性化していけばいいですね」と話した。
このあと「榕菴珈琲」の試飲を楽しみ、津山洋学資料館の近都兼司学芸員による「宇田川榕菴の生涯と業績」と題した講演があり、参加者は熱心に耳を傾けた。
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墓前にコーヒーを供え、手を合わせる参加者