艶やかな毛、引き締まった体、盛り上がった筋肉。素人目にもその特別さは一目瞭然だ。それでいて吸い込まれるような透き通った目をしている。
「レースに勝つためだけに生まれてきた生き物。そこに何だか魅かれる。どう説明していいのか、不思議な感覚です」
そう話すのは、岡山県津山市阿波に2022年11月に設立された、引退競走馬のセカンドキャリアを支えるリトレーニング(再調教)などを行っている馬の牧場「Pleasant ranch(プレザントランチ)」の岡内崇代表(41)。18日現在、預託馬など5頭のサラブレッドを飼育しており、妻でインストラクターのみずきさん(26)と2人で切り盛りしている。
崇さんは兵庫県出身。高校生のとき、競走馬育成シミュレーションゲーム「ダービースタリオン」の影響で馬の世界に“はまり”、高校卒業後は千葉県の馬の専門学校に進学。北海道の育成牧場や、乗馬クラブでキャリアを積んできた。
「1勝するだけでも大変なこと。ものすごく厳しい世界」
国内では年間7000頭超のサラブレッドが生産されている。約5000頭が5歳前後で引退を余儀なくされる。種牡馬(しゅぼば)や繁殖牝馬となるのは一握り。その多くが殺処分されるのは業界の暗黙の了解となっている。
「矛盾することを言うようだけれど」と断った上で、「運命を勝手に背負わされ、使い捨てにされる。割り切れない気持ちは常にあった」と崇さん。障害馬術の元国体山口県代表選手で、「むつごろうさんの気持ちが良くわかる」というみずきさんと職場で出会い意気投合した崇さんは、独立を決意。
「生き物なのに、流れ作業のように扱うのがつらかった。馬にも個性があるのに、ひとまとめにされていた。人間の方だって、それぞれの関わり合い方、いろんなコミュニケーション方法があっていい」
「競走馬も、最初は険しかった顔も、ここに来れば優しい顔になります。レースに出るためだけに生きてきたけれど、一緒に今できる生き方を探したい」とみずきさん。
たまたま知人から紹介された阿波を気に入り、2人で移住した。森林公園入口近くの大自然に囲まれた地。
「夏は涼しく、虫の鳴き声と、鳥のさえずり、風の吹く音しかない。近所の人たちは動物に対する理解があって、温かい人たちばかり。最高の環境ですね」と崇さんは話す。
現在、牧場で暮らすレクセランス号は20年のJRAクラシック三冠レースに出走して話題をさらった馬だ。ファンが多く、全国から問い合わせがくる。会うなり涙ぐむ人がいた。聞けば当時一口馬主で、ニュースで「乗用馬になる予定」とだけ流れたあと、消息が分からなくなっていたという。
「夢を見せてくれた馬だから、と皆さんは言う。だけど物語はこれから。ここから新しい物語を始めればいい」と崇さん。
プレザントランチは「楽しい牧場」の意味。「人間と馬が楽しく共存できる牧場にしたい。人も馬も制限なく生きてほしい。そんな思いを込めました」とみずきさん。
牧場は見学無料。餌やり触れ合い体験は子ども550円、引き馬体験(4周)は1960円、乗馬体験は3060円。いずれも税込み。営業時間は午前9時~午後5時。定休日は毎週火、水曜日午後。
問い合わせは、プレザントランチ(TEL:090ー9790ー0795)。