耳地蔵供養式

歴史・文化
         

 豊臣秀吉の朝鮮出兵による犠牲者の耳塚とされる東一宮の「耳地蔵」で24日、鎮魂・供養式があり、地域住民や在日朝鮮人ら関係者が祈りをささげた。
 耳地蔵は、一宮一帯を治めていた大庄屋の中島孫左衛門が16世紀末、朝鮮半島へ侵攻した秀吉の配下として出陣し、戦功の証に持ち帰った敵兵の耳たぶを埋葬。同様の塚がある京都市で一昨年、津山市で昨年、供養式を行った「京都から世界に平和を広める会」が主催した。
 式には関係者10人が出席。高福寺(林田)の明楽智雄住職による読経のなか焼香し、静かに手を合わせた。
 平田正雄日本大韓民国民団岡山県地方本部津山支部長(東一宮)が「我々にできることはこの史実を正しく後世に伝えること。地域の方にも理解いただき、塚を守っていきたい」。呉信浩在日朝鮮人総聯合会岡山県本部常任委員長が「400年前の先祖の供養をしていただき感慨深い。末永く続けてほしい」とあいさつ。
 天木直人同会長代理は「日本と朝鮮半島の関係は極めて厳しいが、一般人が平和を願う気持ちは変わらない。この式を友好につなげていきたい」と話した。


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