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特集「ザ・作州人」 気が付けば病院のお医者さん 豊岡 宏 さん

ザ・作州人 豊岡宏さん
豊岡宏さん
         

気がつけば病院のお医者さん
 (一社)日本病院経営支援機構理事長 豊岡 宏さん

 今回の「ザ・作州人」は「病院経営のプロ」と言っていい豊岡宏さん(70)に登場していただいた。大手鉄鋼メーカーで活躍後、未知の世界だった病院経営でも手腕を発揮。現在はそのノウハウを伝えるため、後進の育成にも力を入れている。豊かで劇的な人生。そのかたわらには常に幼なじみの恋女房、二美恵さんの存在があった。
 話すと誠実な人柄が伝わって来た。もちろん、頭脳明晰。さすがは最終的に大企業の知的財産管理を任されていただけのことはある。メールでやり取りした内容も硬軟織り交ぜ、実に読み応えたっぷり。これまでの仕事ぶりが手に取るようだった。
 東大法学部卒。官僚にはならず、民間企業を選んだ。「そのころからちょっと変わっていたかもしれませんねぇ」。当時の5大鉄鋼メーカーのひとつ日本鋼管(現JFEスチール)に入社し、福山製鉄所に配属された。
 その後はサラリーマンとしての恩恵を受ける一方で平成不況や鉄冷えなど時代にもほんろうされる。最初の転機は35歳のときのエジプト赴任。アレキサンドリア市での製鉄所建設プロジェクトに関わり、現地に滞在する日本人社員のサポートを任された。
 「砂漠の中で仕事を楽しむためには余暇が大切。社員にバスツアーを組んだり、自宅に単身赴任の社員を招いたりもしました。あんな国ですからお酒は闇酒。結構お金を使いましたよ」
 しかし、この経験がのちに生きてくる。次の転機は49歳のとき。鉄鋼業界も不況の波にあらがえず、赤字体質だった傘下の病院にメスを入れることに。売却論も飛び交う中、豊岡さんは再建を託され、本社から総務人事部長(事務長)の肩書きで病院に出向。4年間で年間5億円の赤字を1億円の黒字へ転換することに成功した。
 徹底したコストの見直しにより、プライドの高い医師との衝突もあったが、経営と医療は別物。酒の場を設けるなどコミュニケーションをとることで自分の思いを伝えていったと言う。
 「正論を吐いてもダメなんですよね。いかに仲間をつくるかでしょう。そして、このときに病院の経営再建は大変だけれど、充実感と達成感があり、自分の天職と思えたんですよ。女房にも生き生きしていると言われました」
 そこからは何かに導かれるように58歳で脱サラ。「病院経営再建を請け負うプロの事務局長」として大阪の医療法人、和歌山の公立病院など数々の経営再建を手助けした。
 エジプト時代、同僚を手料理でもてなしてくれた妻の二美恵さんとは何と小学1年生からの付き合い。転勤、転職しても常に一蓮托生。「冬ソナ」も真っ青の大恋愛だったそうで、どうやらラブストーリーは現在進行形のようだ。
 「2人とも卯年。ピョンピョンはねて、お金は出ていく一方です。全くたまりません」
 こう言って苦笑いを浮かべた豊岡さんは現在、プロの事務局長を育てることにも尽力。70歳を迎えても現役バリバリだ。(山本 智行)

豊岡宏さん
豊岡宏さん

 ◇豊岡宏(とよおか・ひろし)1951年11月24日生まれの70歳。津山高から東大法学部。日本鋼管(現JFEスチール)では主に労務、経営企画を担当。49歳のとき、傘下の企業立病院の経営再建を任され、成功に導く。58歳で脱サラし、事務局長として数々の病院の経営を改善。現在は病院経営者(事務長)育成塾の塾長も務める。


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