【作州人】健康長寿と子孫繁栄を 奈良県スポーツウエルネス吹矢協会顧問 松野光成さん/岡山・津山市

ザ・作州人
         

作州人60

◎健康長寿と子孫繁栄を
 奈良県スポーツウエルネス吹矢協会顧問 松野光成さん

▽前文
 今回の「ザ・作州人」は奈良県大和郡山市在住で米寿を迎えてなお、意気軒昂な松野光成さん(88)に登場していただいた。大手マスコミの営業マンとして活躍後、スポーツウエルネス吹矢に関わり始めたのが70歳の時。以来「健康寿命日本一を目指す」奈良県の体育振興・発展に尽力してきた。まさに、人生100年時代のお手本のような人だ。

▽本文

 もしかすると、このコーナーに登場した「作州人」では最年長かもしれない。御年88歳。しかし、待ち合わせ場所に現れた松野さんは元業界人らしくオシャレにも気を遣い、かくしゃくとしていた。
 「いまでもいろんな人と会うのが楽しみなんですよ。好奇心と向上心は人より、ある方かな。それと行動力。いつも希望を持つことが大切やと思います」

 心身の強さは”白帯津中”で鍛えられた下地があったからだろうか。津山高では柔道部。戦前に3連覇を含む7度の全国制覇を成し遂げた古豪の質実剛健さがまだ残っていたという。そこから中央大へ。そのころの中央大と言えば、多くのオリンピック選手を輩出するほどのレスリング王国。「結局は入部しなかったんですが、いまでも1人でよう練習見に行ったなと思います」

 就職はマスコミ志望。このときも津山高人脈の恩恵を受けた。紹介され、あいさつに出向いたのは朝日新聞社幹部でのちに社長、さらに全日本空輸の初代社長となるあの美土路昌一さん。「一介の学生に丁重に応対していただいたこと、生涯忘れません」
 これが縁で広告代理店「正露喜社」へ。そこからTBSへ移り、主に大阪支社ラジオ営業部で活躍した。そこでは有名スポーツ選手、俳優らとも交流。大手スポンサーを獲得し「岡山のおばあちゃん」で知られる藤猛のボクシング世界戦にも関わった。その後は営業部長に昇進。最後はテレビユー山形大阪支社長として充実したサラリーマン生活を終えた。
 そんな松野さんがスポーツウエルネス吹矢に出合ったのは70歳のとき。テレビの会員募集CMを見たのがきっかけだった。退職後はゴルフやソフトボールで体を動かしていたが、その間に腎臓がんと狭心症を患ったそうで、健康のためにと即座に入会したという。
 スポーツウエルネス吹矢は1998年に協会設立。室内で気軽にできることなどから中高年層に支持され、いまや全国に1300を超える支部がある。近年は小学校の放課後教育や老人ホーム、視覚障害者などにも幅広く受け入れられているとのことだ。
 特徴は胸式呼吸と腹式呼吸の両方を行う「吹矢式呼吸法」だそうで「血液の循環が良くなったり、副交感神経が活発になる」ことからダイエットや心の健康にも効果大。松野さんは「体も良くなりましたし、若く見られるのも吹矢のおかげかも。大切なのは定期的にやること。私は朝昼晩と取り組んでいますよ」と胸を張った。
 長年、住んでいる大和郡山市は同じ城下町で故郷を思い出させるという。趣味はカラオケ。出張先では津山民謡をアカペラで歌い「津山をPRしてきた」と笑顔を浮かべた。
 現在、奈良県は荒井正吾知事の下「健康長寿日本一」を目指しており、松野さんも「その一助になれば」と意気込む。確か、カーネル・サンダースがケンタッキーフライドチキンを創業したのが65歳の時と聞いたことがある。何かを始めるのに遅いことはない。夢と希望を持ち続けている松野さんから勇気をもらった。(山本智行)
 ▽松野光成(まつの・みつしげ)1935年11月3日生まれの88歳。津山高から中央大商学部。広告代理店勤務を経て、26歳でTBSテレビ入社。大阪支社ラジオ局で活躍後、テレビユー山形大阪支社長。70歳から「スポーツウエルネス吹矢」を始め、現在は奈良県の協会顧問。


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