今月の 「ザ・作州人」 は 「NANA」 「黒執事」 「推しが武道館いってくれたら死ぬ」 などの作品で知られる映画監督の大谷健太郎さん(59)に登場していただいた。 この道26年。 還暦を前に多感な時代を過ごした故郷へ思いをはせた作品を世に送り出し、 現在は 「風の奏の君へ」 に続く第2弾を構想中。 これにあわせて 「美作の国映画プロジェクト」 を設立し、 地元に開かれた演技塾を立ち上げた。
待ち合わせたのは東京・新宿の喫茶店。 こちらから場所を指定しておきながら間違えてしまうという失態を演じてしまったが、 大谷さんは穏やかな表情で迎えてくれた。
同世代。 スケールの違いはあれど、 クリエイティブな仕事をしてきたこともあり、 共感する部分も多かった。 「8時だョ!全員集合」 「黄金の日日」 から学生時代に観た 「MTV」 など昭和のテレビ番組の話で盛り上がったが、 還暦を前に過疎化する故郷を憂う気持ちもまた同じだった。
「東京へ出てからは前だけを見て、 振り返らずにやって来ましたが、 小学校5年生から8年間、 湯郷で多感な時期を過ごしました。 ここに来て少し立ち止まり、 次の世代に引き継いでもらうことを考えられる年齢になったと思うんですよ」
その思いを形にしたのが松下奈緒主演 「風の奏の君へ」 (2024年) だ。 これは美作市出身の作家、 あさのあつこさんの小説 「透き通った風が吹いて」 を原案に大谷さんが脚本、 メガホンを取った秀作。 美しい茶畑や棚田の風景の中で切ないラブストーリーが描かれている。
「東京一極集中ではなく、 地方からもエンタメを発信できる時代。 映画を通して自分が生まれ育った場所の良さに誇りと自信を持ち、 次の世代に残してもらえればと考えました」
生まれは京都市。 ビデオカメラがあるハイカラな小学校だったとのことで小1のときの学芸会で主役を与えられると、 その後はドリフターズや当時のCMをみて、 早くもシナリオのまねごとのようなことまでしていたそうだ。 小5の夏に美作市に引っ越してからは放送委員として活躍。 美作中ではバレー部に所属し、 主将でエースアタッカーを務めた。
ところが、 林野高では一転し、 目立たない存在に。 「東京に出よう」。 そればかりを考えていたといい、 多摩美術大学芸術学科へ進学。 俳優の竹中直人も所属していた 「映像演出研究会」 に入り、 8㍉フィルムカメラを使って映画製作に明け暮れた。 在学中の1988年に、 ぴあフィルムフェスティバルで入賞。 一度は映像制作会社に就職したものの、 諦めることなくチャレンジし、 91年には3部門で受賞。 99年に映画監督デビューを果たした。
これまで映画づくりに没頭してきた大谷さん。 心境の変化は2度あり、 ひとつは子どもが生まれたこと。 それとコロナ禍になり、 朝から何もすることがなく、 好きだったお酒も控えるように。 これで 「若返って、 元気になり、 創作意欲が高まった」 と苦笑いする。
現在は2027年公開予定の次なる作品に向け、 準備中。 ただし仮題は 「葉っぱの手紙と重鉄の城」 とし、 小説も執筆中とのことだ。 気になるストーリーは津山市に住む女性の神主と、 その神社で酔って寝ていた伝説のロックバンドのギター兼ボーカリストとの出会いから始まるそうで、 なにやら意味深。 ロケ地には津山城、 津山高、 城東地区、 奈義町現代美術館、 蒜山高原などを予定している。
「津山は子どものころに家族で出かけ、 アチャコで焼き肉を食べたこともあり、 思い出の町ですが、 いまやロックの聖地。 さらに城東の町並みや神社仏閣、 また出雲街道は近世では動脈のような働きをしており、 深い歴史もある。 しかし、 岡山で第三の都市なのに、 いまではともすれば埋没気味。 企業版ふるさと納税という形で応援していただき、 活性化につながればと思います」
実際、 バックアップ体制も整い、 今年4月には 「美作の国映画プロジェクト」 が発足。 さらにこの7月にはプロアマ関係なく高校生以上を対象に 「美作ノ国演技塾」 の受講者募集を開始し、 8月から直接指導する。
何と、 受講生は短編映画に出演し、 作品は12月6日の 「津山国際環境映画祭」 で上映する予定。 さらに大谷さんは大林宣彦監督の尾道三部作のように 「美作三部作も考えている」 と意気込む。
「私には諦める才能がないのかもしれません」
作州人には豊富なタレントがそろい、 徳のある経営者も多い。 作州オールキャストがみてみたいし、 できればチョイ役でいいから出演してみたいものだ。
(山本 智行)
◆大谷健太郎 (おおたに・けんたろう) 1965年11月14日生まれ。 美作中、 林野高から多摩美術大学芸術学科。 1991年に 「私と他人になった彼は」 でぴあフィルムフェスティバル3部門を受賞し、 99年に監督デビュー。 2005年には 「NANA」 が大ヒット。 24年に故郷を舞台にした 「風の奏の君へ」 を手がけた。