東大医学部所蔵「人頭模型」製作者は津山藩職人 津山洋楽資料館講演会

歴史・文化 津山藩のお抱え職人・鈴木常八と「人頭模型」について研究成果を発表する学芸員
津山藩のお抱え職人・鈴木常八と「人頭模型」について研究成果を発表する学芸員
         

 津山洋学資料館のオムニバス講演会が29日、岡山県津山市西新町の同資料館で開かれた。東京大学医学部が所蔵している「人頭模型」と津山藩のお抱え職人・鈴木常八との関わりについて、学芸員が研究報告を行い、市民約50人が聴講した。
 津山郷土博物館の東万里子学芸員が、東京大学医学部所蔵の「人頭模型」の製作者が、津山藩のお抱え職人・鈴木常八であることが分かったと発表した。
 同資料館に複製が展示されている「人頭模型」は、幕府の医官・桂川甫周が、1794(寛政6)年に長崎出島のオランダ商館長ヘンミイから贈られた蝋(ろう)細工の人頭模型を、寄せ木造りで職人に再現させたもの。作成した職人は、鈴木常八という名前が分かっているだけだった。
 東学芸員が、3人の「鈴木常八」の存在を指摘した。「津山藩江戸日記には、津山藩家臣・鈴木常八が幕府の役人からオランダの水器製作を依頼された記述があった」と指摘。さらに桂川甫周について調べていた際、「甫周がオランダ商館長からもらった蝋製の人頭模型を木細工で再現させたものとされている模型の製作者が『鈴木常八』であることが分かった」と述べた。
 この2人の鈴木常八が同一人物である可能性を前提に同資料館と共同で調査したところ、仙台藩医・工藤平助の娘・只野真葛の随筆『むかしばなし 天明前後の江戸の思い出』で、「鈴木常八」が幕府から龍尾車の製作を依頼されていた旨を発見。そして津山藩江戸日記で、「鈴木常八」が松平定信から龍尾車をつかって大坂の排水工事を行うよう指示されている記述を発見した。
 「3人の常八の活動時期は重なっており、3人ともオランダの技術を持っている。同一人物と考えて良いのでは」と語った。
 また小島徹館長が「『解体新書』の翻訳者たちと津山藩医・宇田川玄随」と題して話し、下山純正同資料館名誉館長が総括を行った。美作市梶並の大学非常勤講師・横山義人さん(62)は「長い研究が見事に実を結び、感動が伝わってきた。地元津山にとって幸運な発見だと思う」と話していた。


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