今月の 「ザ・作州人」 はパナソニックの物流部門を統括する安藤健太郎さん(61)にご登場願った。 グローバル企業の一員としてオランダ、 イギリス、 中国・上海と計17年の海外駐在を経験。 世界を股にかけて活躍してきた国際派のビジネスパーソンだ。 現在は最新鋭の流通部門の責任者として業界の熱い視線を集めるが、 その先にはさらなる男のロマンが広がっている。
持つべきは頼りになる友だちだ。 この12日、 私は高校のクラスメートの安藤さんらと一緒に 「なら100年会館大ホール」 で開かれた稲葉浩志さんの単独ライブへ繰り出した。 声を掛けると 「いいね」 と二つ返事。 このあたりのフットワークの軽さが彼の身上だ。
もちろん、 2人とも自慢の同級生による圧巻のステージにすっかり魅了され、 心地よい刺激を全身に浴びたのは言うまでもない。 「ほんま、 只者じゃないね」。 そう言って目を見合わせた。
出身は奈義町。 小学生時代の片道4㌔の徒歩通学が強じんな足腰をつくった。 津山高では水泳部に入り、 平泳ぎの選手として活躍。 当時のがっしりとした肉付きのいい体が今も強く印象に残る。 ヤンチャな同級生たちとの寮生活では 「深夜に高校のプールに忍び込んだのも今や時効」 と笑った。
そんな順風満帆そうに思えた安藤さんに意外や、 高2の正月に最大の挫折と転機が訪れる。 のちに誤診と判明するが、 心臓病の疑いで3カ月の運動禁止。 これにより、 国体出場の夢と、 当時志していた体育教師への道が断たれたのだ。 しかし、 安藤さんは心も体もタフだった。
「やることがなく仕方なく始めた勉強が、 テストを重ねるたびに順位が上がり調子に乗れた」 とのことで、 その勢いのまま名門、 横浜国立大学へ進学。 そこでも、 のちの稲葉さんと一緒になっており、 大学時代の彼を知る数少ない男の1人だ。
自身はヨット部。 海への憧れと情熱は今なお健在で、 最近ポロっと明かしてくれたエピソードが心憎かった。 なんと、 高校時代の水泳部仲間と共同で中古のクルーザーを購入したというのだ。 これぞ、 大人の遊び心。 この24日には牛窓から豊島 (てしま) へ向けて、 2度目の瀬戸内海クル
ーズを予定している。
就職に際しては海外志向が強く 「松下電器貿易」 に入社した。 日本のものづくりが地球規模で大きな存在感を放っていた時代に、 若き日の安藤さんはその看板を背負ってオランダ、 イギリスへ赴任。 さらに中国・上海にも8年ほど身を置くなど計17年間、 激動するグローバル市場の動きを肌で感じてきた。
「駐在先ではその土地の文化を愛し、 尊敬すべき多くの出会いを得た。 自衛隊のある奈義だからこそ、 毎年多くの転校生と出会い、 多様な人々や方言を受け入れる寛容さが自然と身に付いていたのかもしれない」
現在はパナソニックグローバル物流の責任者として、 関西9拠点を京都府京田辺市の巨大拠点へ統合する大改革を指揮。 最先端のAIやロボティクスを導入することで、 年間10億円以上のコスト削減をたたき出し、 NHKや読売新聞などでも取り上げられたばかりだ。 すでに首都圏の再編にも着手し、 その革新的なネットワークを全国へと広げている。
「知らないことを見てみたいという、 田舎者ならではの知的好奇心は公私ともに尽きない。 それに稲葉という高校、 大学の同級生の長年に渡る活躍に刺激をもらい続け、 ありがたい限りです。 つくづく人との出会いに恵まれた、 ラッキー作州人の1人」 と語る安藤さん。 次なるロマンは幼稚園児から小学校低学年層を対象とした 「寺子屋構想」 だ。
「いまは育ててくれた故郷にできることは何か、 といろいろと妄想を膨らませているところ。 かつての日本にあった寺子屋のような感じで、 学年や立場を超えて学び合い、 知的好奇心が旺盛で地頭の強い作州人を育てることに少しでも力になれたら」
趣味はゴルフとトレイルラン。 私から見た友だちとしての評価はバランスの取れたオールラウンダー。 バリバリのレギュラーで、 とにかく頼りになる。 おそらく社会的評価もそうだろう。
やがて訪れる人生の節目。 常に時代の風を読み、 世界を感じてきた男の挑戦は、 次世代の可能性を耕す学びの場づくりへ向かおうとしている。
(山本智行)
◇安藤健太郎 (あんどう・けんたろう) 1964年12月19日生まれ。 岡山県奈義町出身。 津山高から横浜国立大を経て松下電器貿易 (現パナソニックHD) に入社し、 オランダ、 イギリス、 上海など17年間に及ぶ海外赴任。 現在はパナソニックオペレーショナルエクセレンス株式会社執行役員 物流本部長。 趣味はゴルフ、 トレイルラン。 愛犬家。