岡山県津山市久米川南の圓光寺にある釣り鐘の銘文の撰文 (文章を作成) と絵が、 昭和の作庭家・重森三玲 が手がけていたことが分かり、「あの重森がどういう縁で銘文を」 と話題になっている。
同寺の釣り鐘は第2次世界大戦の戦時、 供出 (きょうしゅつ) でなくなっていたが、 1955 (昭和30) 年に再鋳造。 これまで寺に伝わる宇多天皇との関わりなどが書かれていることが分かっていた。 元高校教諭で総代長の水島篤志さん(72)=桑下=が、 書道を教えていた関係で以前から銘文に関心があり、 昨年総代長になったのを期に改めて見直し明らかになった。
釣り鐘には 「宇多山圓光寺鐘 詞」 としていわれを、 さらに 「銘八韻」 として 「鳧氏主功 鎔範既成」 「千萬合力 壇信竭誠」 「天地風雨 乾坤随聲」 「打強大響 扣經長鳴」 などと続き、 最後に平和を願う 「世界安全 天下泰平」 と新たな鐘への思いが陽刻で刻まれている。 そして 「銘並書及紋様 文章博士 重森三玲」 「容形龍頭撞座 容形博士 藤原義一」 「音韻調律 音韻博士 青木一郎」 「鋳作 鋳造大工 岩澤徹誠」 と記している。 また、 線画で輿 (こし) に乗った宇多天皇とおもわれる人物のほか山や塔にたなびく雲を描いた絵と凡字も。 水島さんは 「重森三玲の文字を見た時には驚いた」 と振り返る。
同寺には再鋳造の際の記録がない上、 当時のことを知る人もおらず、 さらに水島さんが重森の出身地の吉備中央町にある重森三玲記念館で調べたところ、 記念館にも30年代の資料がなく、 詳しいことは分からなかったという。 重森が作庭した庭園がある寺院の釣り鐘の銘文を撰文した事例はあるが、 「どういういきさつで重森三玲がかかわったのか」 と檀家の人たちも首をかしげ、 想像を膨らませている。
水島さんは 「釣り鐘に関わっているとは思ってもいなかった。 銘文も絵も素晴らしい。 今年は重森三玲の生誕130年で、 これも何か縁を感じる」。 田中優寛住職(45)は 「思いもよらない名前に驚いた。 どういうつながりがあって引き受けてもらったのか分からないが、 檀家の人をはじめ寺を思ってくださった気持ちに感謝の一言です」 と話す。


